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利己的な染色体PSR

Dalla Benetta et al. (2020) Genome elimination mediated by gene expression from a selfish chromosome. Sci. Adv. 6: eaaz9808

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aaz9808

 

利己的な染色体というものがある。対を作っている相手方の染色体(相同染色体)よりも高い確率で次世代に伝わるマイオティックドライブという現象が有名だが、それとは異なり、個体にとってはなくてもいい余分な染色体が、本来の染色体セットを押しのけて次世代に伝わるという「寄生性染色体」ともよばれるものがある。キョウソヤドリコバチNasonia vitripennisで知られる、PSR(paternal sex ratio)である。

ハチ目は一般にメスが2倍体(2n)でオスが単数体(n)である。メスが作る卵子(n)はオスからの精子(n)と受精すると2倍体のメスが出来上がるが、精子と受精しない場合、単数体のオスが出来上がる。自分が作る卵子精子と受精させるかどうかをメスは決めることができ、Nasoniaは状況に応じて最も有利な性比(子孫が繫栄する性比)になるように調節していることが分かっている。

話が少し逸れたが、PSRを持っているオスは、メスと交尾し、卵子精子が受精したら2倍体のメスが生まれるかと思いきや、PSRのせいでオス(父親)由来のゲノム(染色体セットすべて)が消失してしまい、メス(母親)由来のゲノムのみを持つ単数体のオスとなってしまうのである。ここでPSRはしっかり伝わっているため、生まれてきたPSRを持ったオスは、やはり自身のゲノムを残すことができない。PSRはオスからオスへと乗り継ぎ、綿々と伝わっていくが、PSRに乗っ取られたオスは決して世代を繋ぐことはできず、PSRを伝えるための乗り物となってしまうわけである。

PSRが持つこのような究極的に利己的で不思議なふるまいについては、1980年代から知られていた。今回(といってももう2年近く前の発表だが)、PSRが持つゲノム消滅の原因遺伝子と思われるものが発見された。PSRを持つ個体と持たない個体のゲノムを比較し、PSRが持つ配列を絞りこみ、その中でも精巣で特に高い発現量を示すもののうち、1つについて、PSRを持つオスにおいて発現抑制させると、ゲノム消失が起きず、メスが生じたというわけである。この遺伝子がゲノム消失を起こさせる原因遺伝子であろうと考えられ、haploidizerと名付けられた。これが原因遺伝子であることの完全な証明のためには、PSRを持たないオスにhaploidizerのみを遺伝子導入し、ゲノム消失を起こさせる必要があるが、それはまだなされていない(Nasoniaでは技術的に困難だと思われる)。またこの遺伝子がどのようにして宿主のゲノムを消失させるのかについても全く分かっていない。40年前に現象だけが報告されていた内容について、ようやくメカニズム解明のためのメスが入れられようとしている。

まったく予期しない展開が待ち構えていそうで、今後が楽しみである。