自然界で維持されている極端な性比の偏り(Dyson and Hurst, 2004 PNAS)
Dyson EA and Hurst GDD (2004) Persistence of an extreme sex-ratio bias in a natural population. PNAS 101: 6520-6523.
生物種の生態や進化について考える際に、性比は重要な要素となりうる。現在までに、性比をゆがめる利己的遺伝因子の存在やその種類についてはよく研究されてきたが、そのような遺伝因子が集団に与える影響はあまりないと考えられている。その理由は、性比をゆがめる利己的遺伝因子によって集団の性比がゆがめられている例がほとんど観察されていないからである。性比をゆがめるような遺伝因子は集団内で低頻度で維持されている場合が多い。あるいは、たとえ広まっていたとしても、そのような遺伝因子に対する宿主側の抵抗性遺伝子が広まることによって結果的には集団の性比はゆがんでいない場合が多い。
ところが、リュウキュウムラサキ(Hypolimnas bolina)というチョウでは、利己的遺伝因子によって集団の性比がゆがめられているという珍しい現象が見られる。20世紀のはじめ、南太平洋の島、サモア(現在のサモア独立国)で、リュウキュウムラサキの性比が著しくメスに偏っていることが観察されている。
今回紹介する論文では、2001年に同じ島でリュウキュウムラサキの性比を調べ直している。このチョウの世代数でいうと、最初の記述から約400世代後にあたるが、著しくメスに偏った性比は、いまだに維持されていた。この論文では、サモアで見られるリュウキュウムラサキの極端な性比異常について、原因因子やメカニズム、生殖行動に与える影響などが調べられている。
野外の性比
この島の中を歩きまわって観察することによって性比を調査した。
メス | オス | 性比(オスの割合) |
---|---|---|
364頭 | 4頭 | 1.1% |
同じポリネシアに属するサモア独立国以外の島では、オスの割合は、70〜80%になる(注:オスはメスよりも行動が活発で縄張り争いなどもするため、一般にメスよりもオスをよく目にするのが普通である)。
性比異常のしくみ
採集したメス64頭に卵を産ませて飼育すると、61頭の子はメスのみとなり、2頭の子は強くメスに偏った。次世代が1:1の性比になったのは1頭のみ(下表)。
分類 | 家族数 | 性比 | 卵の孵化率 | Wolbachia感染 |
---|---|---|---|---|
全♀ | 61 | すべて♀ | 57% | ○ |
♀バイアス | 1 | 12♀2♂ | 48% | ○ |
♀バイアス | 1 | 14♀2♂ | 73% | ○ |
正常 | 1 | 22♀22♂ | 100% | × |
交尾メスの卵しか孵化しなかったので、このチョウでは「単為生殖」は起きていないと考えられている(交尾済であるかどうかは体内にオス由来の精包があるかどうかで判断)。
子の性比がメスに偏った63頭のメスはすべて母系遺伝する共生細菌Wolbachiaに感染しており、産んだ卵の約半数が死亡している。一方、正常性比で子を残した1頭のメスは、Wolbachiaには感染しておらず、産んだ卵は死亡していない。このことから、性比がメスに偏る原因は、Wolbachiaによるオス殺しであると考えられる。
サモア独立国とは別の島、フィジー(Fiji)では、メスの約半数にWolbachiaが感染しており、感染メスの子はオスのみが胚発生期に死亡する。サモア独立国の4頭に感染していたWolbachiaの遺伝子、ftsZとwspはフィジーのものと同一であった。このことから、今回、サモア独立国で見られた現象は、フィジーのものと同じだと考えられる。
野外におけるWolbachia感染頻度
サモア独立国の野外メスにおけるWolbachiaの感染頻度は以下の通り。
性別 | 感染個体数 | 調査個体数 | 感染頻度 |
---|---|---|---|
メス | 250 | 257 | 99.2% |
オス | 1 | 3 | 25.0% |
このデータと、上の表の性比データとを合わせて野外性比(オスの割合)を計算すると、1.26%となる(ge-k@による計算)。たしかに実際の観察結果である1.1%と符合する。
野外オス3頭のうち1頭が感染していたという結果も、飼育結果と一致している。
性比異常が集団に与える影響
サモア独立国、フィジー、米国領サモアで採集したメスのWolbachia感染頻度、交尾率、卵の受精率(交尾済のメスが産んだ卵のうち、孵化したものの割合)、精包の大きさを調べている。
野外での感染頻度 | 野外での交尾率 | 卵の受精率 | 精包の直径 | |
---|---|---|---|---|
サモア独立国 | 99.2% (n=257) | 54% (n=214) | 72.9% (n=88) | 1.14mm (n=28) |
フィジー | 53.9% (n=76) | 93.8% (n=130) | 97% (n=21) | 2.04mm (n=11) |
米国領サモア | 0% (n=29) | 96.5% (n=29) | 98% (n=2) | 1.95mm (n=10) |
フィジーや米国領サモアのメスに比べて、サモア独立国のメスは明らかに交尾率が低い。しかも、交尾したとしても、オスから受け取った精包は小さく、少ない数の卵しか受精していない。
その原因を明らかにするため、サモア独立国のメスにフィジーや米国領サモアのオスをかけ合わせる実験をおこなった結果が以下の表である。
卵の受精率 | 精包の直径 | |
---|---|---|
サモア独立国♀×サモア独立国♂ | 68.3% (n=1) | 1.09mm (n=1) |
サモア独立国♀×フィジー♂ | 99% (n=14) | 2.02mm (n=14) |
サモア独立国♀×米国領サモア♂ | 98% (n=7) | 1.96mm (n=7) |
(注:これらの交配実験では、すべて飼育して育てあげた未交尾メス、未交尾オスを用いている)
フィジーや米国領サモアのオスをかけ合わせると、受精率や精包の大きさなどが正常レベルに回復している。
このことから、サモア独立国のオスのほうになんらかの問題があるといえる。
ただし、サモア独立国のオスに見られる問題は、以下の2点の観察結果から、交尾のしすぎによる「疲労」ではないと考えられる。
サモア独立国では、常にメスに偏った集団性比が保たれているため、1回の交尾に使う精子量を減らして何回も交尾できるようにオスが適応しているのかもしれないと著者たちは述べている。