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KY BLOG

昆虫と微生物の研究とアート

オスの疲労とメスの乱交がどんどん増す悪循環:引き金を引いたのはオスを殺す細菌(Charlat et al., 2007 Curr. Biol.)

Charlat S, Reuter M, Dyson EA, Hornett EA, Duplouy A, Davies N, Roderick R, Wedell N & Hurst GDD (2007) Male-killing bacteria trigger a cycle of increasing male fatigue and female promiscuity. Curr. Biol. 17: 273-277.



多くの生物では、オスとメスの数はほぼ等しい。もし、オスとメスの数のバランスが崩れると、生殖行動に変化が起きるのではないだろうか。この仮説は非常に興味深いが、今までほとんど検証されていなかった。



リュウキュウムラサキ(Hypolimnas bolina)というチョウは、この問いに答えるためのいい材料を提供している。このチョウでは、母系遺伝する細菌Wolbachiaによってオスのみが殺されるという現象が知られている。Wolbachiaの感染頻度が集団(島)ごとに異なっているため、それぞれの集団における性比も様々に異なっている。



今回紹介する論文では、下図の20集団でリュウキュウムラサキの生殖行動に関する形質がどのように異なるかを比較している。星印の色は、集団性比の大まかなカテゴリー分けを示している。[白=ほぼ1:1の性比、灰色=少し♀に偏った性比(1♂あたり1.2〜2.9♀)、黒=強くメスに偏った性比(1♂あたり4.9〜38.7♀)]

f:id:dskkgym:20090716014234j:image

この論文では、まず、「性比がメスへ偏っていくと、オスが稀になってくるので、メスの交尾頻度は減る」という仮説を検証するため、横軸に性比、縦軸にメスの交尾頻度(♀が持っていた精包数の平均)をとり、集団ごとのデータをプロットした。

f:id:dskkgym:20090716014235j:image

注:横軸をオス比に直すと、50%、33%、20%、11%、5.9%、3%となる。精包とは、多数の精子を包むためのオス付属腺からの分泌物が、交尾後、メスの体内(交尾嚢内)で固まったもの。チョウやガの仲間では、メスの交尾嚢内で固まっている精包の数を数えることにより、メスの交尾回数がわかる。

結論からいうと、「性比がメスへ偏っていくと、メスの交尾頻度が減る」という仮説は支持されなかった。グラフから読み取れるように、集団性比がメスに偏るにしたがってメスの交尾頻度は上がっていった。集団性比が極端にメスに偏るようになって初めて、メスの交尾頻度が急激に下がった。



集団性比がメスに偏るとメスの交尾頻度が上昇するという、一見して直観に反するような結果は、いったい何を意味しているのだろうか。



著者たちは、この不可思議な現象を解明するため、卵の受精率に着目している。下表に示すように、集団性比が最もメスに偏っていた2つの集団(UpoluとTahiti)では、交尾済のメスが高い頻度で未受精卵を産んでいる。Upoluでは、極端なオス不足のため、メスの交尾頻度自体が下がってしまっているが、Tahitiでは交尾頻度は正常にあるにもかかわらず、卵の受精率がUpoluに匹敵するほど低い。つまり、Tahitiのメスは正常性比の島(Tubuaiなど)と比べて、交尾回数はほぼ同じなのに、一回の交尾で受け取る精子量が少ないことを示している。

集団 メス数/オス数 メスの交尾頻度 受精卵の割合
Upolu(サモア独立国 38.66 0.54 0.72
Tahiti(仏領ポリネシア) 16.95 1.29 0.77
Tubuai(仏領ポリネシア) 0.89 1.33 0.99

(table S1より3集団のみ抜粋)



一般にチョウでは、交尾の決定権はメスにある。また、オスから受け渡された精包が小さければ、メスが交尾拒否する期間も短くなることが知られている。つまり、リュウキュウムラサキで見られたメス交尾頻度の増加は、集団性比がメスに偏っているため、オスの精子量が不足したからだと思われる。



そこで、オスの交尾頻度を横軸に、精包の大きさを縦軸にとって、上の20集団のデータをプロットすると下図にようになる。
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注:オスの交尾頻度は、「メスの交尾頻度×(♀数/♂数)」として推定してある。

このグラフからわかるように、オスの交尾頻度が高い集団ほど、精包の大きさは小さくなっている。
ここで、2つの可能性が考えられる。1つは、性比がメスに偏っている集団では、オスが1回の交尾での射精量を減らすように進化しているというもの。もう1つは、集団の性比がメスに偏っていると、オスは何回も交尾することになるため、単に精子量が足りなくなっているというもの。



そこで著者たちは、オスがメスに受け渡す精包の大きさが、羽化後1回目の交尾よりも2回目の交尾のほうが小さいことを実験によって示し、2つめの可能性、つまり交尾回数が多いことによる精子量の枯渇、が精包が小さいことの原因であるとしている。(このあたりが、Dyson and Hurst 2004 の考察と食い違っているが、そのことについてはなぜか触れられていない)



これらのことから、集団性比と雌雄の生殖行動について、以下のようなシナリオが描ける。
最初に、Wolbachiaの蔓延によって集団性比がメスに偏ると・・・
(オスの交尾回数が少し増えることによって、その分、一回の交尾でメスが受け取る精子量が減る)→(メスにとって精子量が足りないので、それを補うため交尾回数が増える)→(一回の交尾でオスからメスに受け渡される精子量がさらに減る)→・・・この悪循環が繰り返され、どんどん交尾回数は増えていくことになる。
集団性比が極端にメスに偏ることによってオスに巡り合えないメスが出てくるようになるまで、この悪循環は続くと考えられる。