集団性比の急激な変化(Charlat et al., 2007 Science)
Charlat S, Hornett EA, Fullard JH, Davies N, Roderick GK, Wedell N & Hurst GDD (2007) Extraordinary flux in sex ratio. Science 317: 214.
Wolbachiaが引き起こすオス殺しに対する宿主側の抵抗性遺伝子が、自然界で10世代もかからずに広まったという論文
オスとメスの比は、生物進化の様々な局面で非常に重要な要素になることがある。
1967年に発表されたWilliam D. Hamiltonによる論文「Extraordinary sex ratios」(Science 156: 477-488)では、性比をゆがめる利己的な遺伝因子とそれに対抗する抑制遺伝子との間で繰り広げられる軍拡競争によって、性比が急激に変化する可能性が述べられている。
今回紹介する論文では、Hamiltonによって述べられた過程によって、自然界で極端にメスに偏った性比(メス比99%)から正常な性比(メス比50%)に10世代以内で変化したケースを紹介している。
ポリネシアの島々に生息しているリュウキュウムラサキ(Hypolimnas bolina)では、母系遺伝しオスを殺す細菌Wolbachiaの蔓延によって集団の性比が極端にメスに偏っていることが知られていた。
特に、サモア(サモア独立国)に属するUpolu島とSavaii島では、2001年の調査によって、オスが1%しかいないことがわかっていた(Dyson & Hurst, 2001)。
ところがその4年後(2005年)、非公式に調査を行ったところ、Savaii島では100頭ほど観察された個体がメスのみだったのに対し、その隣のUpolu島では、不思議なことに、オスが結構見られることがわかった。そこで、著者たちは、2006年、この2つの島での本格的な調査に踏み切った。
性比
<Upolu島では>
2地点から、33♀20♂が採集された。このうち14♀に産卵させ、次世代を育てたところ、すべての家族にオスが含まれており、トータルで83♀75♂だった。(→性比は、ほぼ1:1)
<Savaii島では>
2地点から、33♀21♂が採集された。
このうち、Savaii島の町、Salelologa(Upolu島に面した町)から採集した♀7頭に産卵させ、次世代を育てると、すべての家族にオスが含まれており、トータルで30♀42♂。卵の孵化率は高い(中央値:94%)。(→性比は、ほぼ1:1)
一方、Savaii島の町、Sagone(Upolu島からすこし離れた町)から採集した♀6頭に産卵させ、次世代を育てると、3♀に由来する子はすべてメスだった。子のトータルの性比は、オス7%。卵の孵化率は少し低い(中央値:71%)。(→性比はメスに偏っている!)
Wolbachia感染
Upolu島とSavaii島から採集された全個体は、オスメスともにWolbachiaに感染していた。今までの研究で、リュウキュウムラサキにオス殺しを引き起こしているWolbachia系統は、wBol1とよばれている。
以下の結果から、Upolu島とSavaii島のリュウキュウムラサキに感染しているオス殺しを起こせていないWolbachia系統はwBol1であるといえる。(つまり、オス殺しが起きなくなっているのはWolbachiaのゲノムが変化したからではなさそう)
宿主側のオス殺し抑制遺伝子
宿主側の遺伝子がオス殺しを抑制しているのかどうかを検証。
オス殺しが起きていないサモアのメス(Wolbachiaに感染)に、Moorea(オス殺しが蔓延している集団)のオスを3世代続けてかけ合わせ続けた(戻し交配)。つまり、Wolbachia感染は維持しながら、サモアの宿主遺伝的背景をMooreaのものに置き換えていったことになる。
母系ライン | 親世代のオス比 | G1世代のオス比 | G2世代のオス比 | G3世代のオス比 |
---|---|---|---|---|
A | 0.70 (10) | 0.35 (17) | 0.19 (21) | 0.00 (7) |
0.00 (6) | ||||
0.00 (36) | ||||
0.00 (17) | ||||
0.18 (33) | ||||
0.34 (35) | ||||
B | 0.47 (15) | 0.39 (18) | 0.38 (13) | 0.00 (7) |
0.00 (17) | ||||
0.13 (16) |
(注)カッコ内は個体数。
このように3世代のかけ合わせで、ほぼ完全にオス殺しを起こせるようになったことから、サモアのリュウキュウムラサキにはオス殺し抑制遺伝子が存在していたことがわかった。
(オス殺し抑制遺伝子の存在やその遺伝様式については、Hornett et al., 2006 PLoS Biol.参照)